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渓流釣り
  2010年以降のアスリートフィッシングや山菜・キノコのコーナーはこちらのサイトに掲載致します。
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 2016年の釣り日記
悠然として急げ  2016年8月22日

息子が9月より海外の大学に留学することになり、つくば市のアパートから荷物を全て引き払い戻ってきた。
帰る早々「渓流釣りに行こうや」と、いつもながらの釣行の催促があったが、なかなか時間が取れないことから、お盆過ぎのつい先日、私の仕事の合間を縫っての、今年初の釣行と相成った。そんなことから釣り始めたのは午前10時過ぎと、本来ならばとても釣果を期待できる時間帯ではなかった。
留学先の台湾では渓流釣りが禁止されているとかで、日本を出発する前に是非とも入渓したいとの息子の願いを、なんとか叶えてやりたかった。
近年は特に、ゲリラ豪雨があちこちで多発し、また前日には台風が去ったばかりだった。悪天候なら勿論中止だ。例え下流部が晴れていたとしても、上流部の天候によっては諦めざるを得ない。

幸いにも、上流部の雲は雨雲ではなかったようだ。
連日の雨がまるで嘘のように、我々の入渓を歓迎するかのような晴れ時々曇り、気温は別として比較的穏やかな一日となった。
入渓した場所は嘗て尺超えイワナに出逢った思い出の場所。
時間も時間なのであまり期待はできなかったが、例え釣果ゼロであっても、深山幽谷、千古秘境の佇まいを示す大自然に抱かれることによって、いわて国体の準備やら何やらかにやらと、心と身体にしっかりと溜め込んだストレスを解消できるのではないだろうか。日頃の喧騒からいっ時でも逃れることによって、更なる前進を加速する為の英気を養うことができるのではないだろうか。

お目当てのポイントを目指して車を走らせたが、以前とは様相が一変していた。
以前は多少のブッシュはあったものの、滑落に注意を払いながら慎重に入渓できた筈の場所も、今では背丈を遥かに超える夏草が密生しており、とても前に進めそうな状態ではなかった。
その為、入渓ポイントを探しながら慎重に進むと、渓の対岸が開けているのが目に止まった。自然林を伐採した跡だった。それもかなり上流部まで続いているようだった。
息子曰く、「伐採する為の林道を作っている筈、その林道から迂回すればいいんじゃないか」との提案を素直に聞き入れ、重機が入った跡を探すべく、渓流沿いに車を走らせた。
約1km程上流にその跡が見つかった。

近くの比較的道幅の広い路肩に車を停め、徐ろにフェルト底の胴長に履き替え、釣り竿や釣り道具、おにぎりや飲料水を詰め込んだリュックを担ぎ、熊と遭遇しても戦えるよう、防具の準備を怠ること無く、はやる気持ちを抑えながらも身支度を坦々と進めた。
つい先程まで若干の雲も点在しており、所々日陰があったが、頭上は快晴、気温も急上昇。しかしながら谷川に下りてしまえば涼が期待できる。そんな期待を込めながら重機が通った跡を、頭部からしたたり落ちる滝のような汗を、沢水で濡らした純白のタオルで拭いながら、悠然と急ぎ、黙々と迂回を試みた。
カンカン照りに体力を奪われながらもかなり進んだ。しかしながらとても入渓できそうな場所は一向に見つからなかった。
結局、滑落の危険を回避する為に、元来た道を引き返し、車迄戻ることに決めた。

伐採した跡は宏漠としており、さんさんと降り注ぐ真夏の陽射しを遮る場所は何処にも見当たらなかった。滝のような汗を拭いながら、ふらつきふらつきトボトボトボトボと、足を前に出すことのみを意識しながら元来た道を黙々と引き返したのだった。
帰路の時間は来た時間の倍を費やしたのではないだろうか。
やっとの思いで辿り着き、背負っていたリックを投げるように放り捨て、近くの浅瀬に死体のように横たわった。
なんて気持ちがいいのであろうか。正しく天国であった。
暫し、冷たい渓水で身体中の火照りを冷まし、息子ともども活力を取り戻す迄、涼を楽しんだ。
結局のところ、「急がば回れ」いや、「急がば回るは時と場所によりけり」を肝に銘じたのだった。

暫くしてから林道を徒歩で下り、背丈以上もあるブッシュを漕ぎ分け漕ぎ分け、やっとの思いで渓にたどり着いた。
一息入れ、はやる気持ちを宥めながら釣り糸を静かに垂らした。しかしながら何投振ってもあたりはこなかった。
結局、一旦諦めたポイントを、昼食をはさむなどして多少の時間を置き、再度釣り糸を垂らすことにした。
すると驚いたことに、一尺近い良型のイワナが、息子の持つ先調子の釣竿をしっかりと撓らせたではないか。再度釣り糸を垂らすと、再び同サイズの良型イワナがヒット。その後入れ食い状態となり、息子も満足した様子だった。

自然の恵みに、心より感謝し、欲をかくことなく、ほどほどの釣果に満足し、畏敬の念を持って拝礼を忘れず、悠然と帰路についたのだった。
次回の釣りは、息子が帰国する時迄じっくりと待ちたいと思う。

因みに、開高健が井伏鱒二との対談でこんなことを云っていた。
「ところで、孤独を求めて釣りにいくというのが世間の常識になっていますが、静かな所へ行くと余計雑音が聞える。自分の心の雑音が。特に最初の一匹が釣れるまでは妄念妄想がこみ上げてきて、こんな綺麗な山の中の湖、アイスランドの北極に近い所までやって来て、まだこんなイヤらしいことを考えている、と思うと、つくづく自己嫌悪に陥るですね。一匹釣れたとたんに輝ける虚無と化すんですけれども、その一匹の釣れない日は陰惨ですね」と。・・・・・・

ただ、私ら凡人には余計な雑音は聞こえてこない。聞こえてくるのは謎めき変わる穏しかな瀬の音や清冽な渓水が落下する滝の音、時折吹く涼しかる小風になびく葉音、それ以外にはアカショウビンやアオゲラなどの心地よい鳴き声ぐらいである。・・・・・・


 

 

 これより以下は2015年の釣り日記
2015年晩夏の渓  2015年8月21日

息子の帰省に合わせ、今年2回目の渓流釣りに行くことになった。
お盆が過ぎると急に涼しさが感じられる季節となる。秋は直ぐそこ。いや暦の上では既に秋か。
起床4時、辺りは未だ暗い。烏羽玉の漆黒の闇夜の中、手探りで部屋の明かりを探し、そそくさと身支度を済ませ自宅を出たはいいが、未だ行き先を決めていなかった。

取り敢えずはコンビニに立ち寄り、朝メシと昼ごはんを調達(お袋がおにぎりを握っていたが)。車に乗り込んで、「さて、どの川に行く?」と息子に尋ねたところ、「今春行った場所はどうか」との返答があった。私はあまり良いポイントとは思っていなかったが、息子はかなり気に入っているようだった。「ほんとにあそこでいいのか?」と問うてはみたものの、世間は未だ夏休みの人たちも多い。大概の好ポイントは場荒れしている可能性が大だ。
結局は息子の言うとおりの場所に車を走らせることとなった。
ところが、道順を忘れてしまっていた。はてさて、「どっからいくんだっけ?」とお互いの顔を確認しながら、細まりつつある記憶の糸を少しずつ手繰りながら進むと、見覚えある岩山の景色が目に飛び込んできたのだった。

昨今の天気は注意が必要だ。
岩手県南の天気図には今のところ雨雲はなさそうだ。しかしながら山の天候は激変する。
上流部でゲリラ豪雨が発生したものなら、みるみるうちに水位が上がる。今夏の川遊びで救助のニュースが何度もあったが、渓流釣りの好ポイントは殆どがV字谷である。ひどい時には鉄砲水となって襲われ、あっという間に流され一巻の終わりとなる。絶対に自然を甘くみてはいけない。

結局のところ、晴れのち曇り、風もなく穏やかで釣りにはもってこいの一日だった。
釣果は10匹ほど。型はイマイチだが塩焼きにすればちょうど良さ目のサイズである。
禁漁期まであと1ヶ月ちょっと。今回は息子のみの釣果であり、私は一匹も釣り上げていなかった。撮影が優先とは言え、せめて一度ぐらい、「こつこつ」とくる、竿先から微かに伝わる「あたり」の感触を手のひらに味わってみたい。
ひとりの釣行となるかもしれないが、なんとかあと一度ぐらいは行ってみたいものだ。

「撮影優先」とは言ったものの、今回の撮影は入渓直後のものは一枚もない。と言うのも、車を停めた場所から川を迂回し、結構な距離を下流に徒歩で移動しなければならなかった。それが為に、釣り支度に逸る心を静めながらそそくさと済ませ、入渓地点の下流部へと足早に急いだ。
おあつらえ向きの好ポイントが目の前に飛び込んできた。日の出から多少時間が経ってはいたが、先行者はいないようだ。
今夏は雨が少なく、水量は期待できなかったが、澄んだ谷川の流れは、清らかで実に綺麗だった。
息子が一投目を投じたその時だった。
カメラが無いことに漸く気付いたのだった。

はてさて、今更ながら戻るのは大変である。スマホのカメラでもいいかと思い、ふと胸ポケットを探ったがそれもまた忘れてしまった。
残念なことに、朝まずめの一番良い時間帯に撮り損ねてしまったことは、返す返すも残念でならない。
結局午前中のみの釣行ではあったものの、久方ぶりの釣行に息子は満足の様子だった。
いつものように、感謝の意を込め、山の神、川の神に一礼ののち、帰路に着いたのだった。



     
       

夢うつつの釣行記    2015年5月5日

今年初の渓流釣りに行ってきた。といってもここ数年、年に1度ぐらいしか行っていない。今回の釣りも今年最初で最後の釣りになるのだろうか……。
今回の釣りも、いつものように長男のGWの帰省に合わせての釣行だが、この時期としては異常なほどの暑さに加え、朝晩はしっかりと気温が下がる為に、体調を崩し、風邪を引いてしまった。頗る体調が悪るい中、午前3時の起床はかなりこたえた。
釣り場に着いてからは、私は車の中で夢うつつの状態だった。結局入渓したのは息子のみであった。

ゴールデンウィーク中は流石に入渓者が多い。案の定先行者もいたようで、釣果は期待出来なかったものの、新緑の樹木が鬱然と地をおおい、山肌を這いのぼってくる若葉の柔らかな香気や、樹間より降り注ぐ柔らかな木漏れ日が、心地良く、日頃液晶画面に対峙して疲れた目を良い意味で刺激し、そして大自然の伊吹を全身全霊で満喫するなど、入渓する甲斐は十二分にあったのではないだろうか。
日頃研究室にこもりきりの息子にとっては、最高の気分転換となり、心の芯から癒やされたのではないだろうか。

因みに釣果は推して知るべし。
釣行の間、大半を車中の爆睡状態で占めた私のカメラのマイクロSDカードには、然もありなん、魚体含みの釣れた瞬間の画は一枚も収まってはいなかったのである。



 

 
 これより下は2014年以前の釣り日記
渓流釣り「晩夏の釣行」   2014年8月22日

震災以降、釣行の回数がめっきりと減った渓流釣りだが、今回は5月に引き続き今年に入って2回目となる、おそらく今年最後となるであろう渓流釣りを堪能することができた。
西日本、特に広島市北部では、土石流が発生するなどの局地的集中豪雨に伴い、甚大な被害が発生した。(心よりお悔やみ申し上げます)
とても釣りどころではあるまいと思いながらも、年に1回か2回、息子の帰省に合わせての楽しみとして、後ろめたさを感じながらも幽谷の岩魚釣りに向かったのだった。

天気予報は曇り時々雨。多少の雨は覚悟の上だが、今の気象状況は実に判断し辛い。スポット的に降る集中豪雨が最大の注意事項だが、もし万が一、入渓する上流部でゲリラ豪雨が発生した場合、鉄砲水となって下流に押し寄せてくるだろう。
もしその鉄砲水に襲われようものなら、大概の入渓ポイントはV字谷になっているため逃げようがない。その事を常に念頭に置きながらの入渓となる。
幸い今回の釣りも、多少雨に濡れはしたものの増水する程の雨量ではなく、無事に下山することができた。

本日の釣行だが、3時半起床、北上川水系の支流(この辺は殆どが北上川水系だが)を目指して西にハンドルを切った。
夏草が生い茂り、ところどころが凹むなど、おつ凸の激しい砂利敷きの林道はまるで車の行く手を阻んでいるかのようだった。
それでも、注意深く道なりに進むと、目指すポイントに無事に辿り着くことができた。その目的地に着く頃には辺りは既に明るんでいた。
「早く釣り糸を垂らしたい」との逸る気持ちを抑えながら、淡々と身支度を済ませ、いつもの様に、山や川の精霊に自分流だが心をこめて挨拶をし、息子共々、足元に注意を払いながら溪谷に向かったのだった。

私ども親子の釣りは、フィッシングのゲーム感覚を味わうというよりも、職漁に近いかも知れない。
釣った魚を売りに行く訳ではないが、基本的には釣った魚を食べることにしている。勿論、リリースサイズは川に戻すよう努めている。そんな意味では、自給自足の意味合いが強いと言えるかもしれない。
釣果は31cmの岩魚を筆頭に、まずまずの良型岩魚が5匹だった。決して欲はかくまいと午前中のみで切り上げることにして、入渓の際と同様、山や川の精霊に感謝と畏敬の念を持って一礼し、家路に着いたのだった。



釣行礼賛「約1年1ヶ月ぶりの岩魚釣り」 2014年5月8日

昨年の4月2日以来、約1年1ヶ月ぶりの渓流釣りを、穏やかな釣り日和に恵まれる中、GWを利用して帰郷した長男と共に堪能した。
目指す釣り場は昨春尺超えの岩魚を釣り上げたポイントを目指し、烏羽玉の闇が明らむ前の午前3時に起床し、そそくさと身支度を済ませ家を出ようとしたが、前日の田圃仕事が忙しかったこともあって、何時ものことだがついうっかり忘れ物をするなど、準備不足だった。
止む無く逸る気持ちを抑えながらの家捜しと相成り、釣り場に到着したのはすっかり明るくなった6時近くであった。

一般的に、渓流に住む岩魚や山女魚は警戒心が強く、場が荒れるとなかなか捕食活動に入らない。
余程広い河川でない限り、先行者が居るとなかなか釣れないというのが一般的だ。そんなこともあって、出来る限り早く場所を確保したいというのが誰しもだろう。
もっとも、例え一番先に場所を確保したとしても、中には常識の無い輩もいる。
通常渓流釣りは下流から上流へとポイントを移動する攻めの釣りだ。その為、もし先行者を確認した場合、その直ぐ上流には入渓しないというのが暗黙の了解であり、礼儀なのだ。しかしながらそれを知ってか知らずか、堂々と釣り糸を垂らす連中もいる。
そうしない為にも、できるだけ早く行くというのが理由の一つ。決して釣果が期待できる朝マズメを狙うだけの理由ではないのである。

今回の釣行は、ゴールデンウィーク中ということもあって、何処に行っても先行者の車が停めてあった。勿論中には山菜目当ての車もあるだろうが、さりとて礼儀は重んずるべきである。目指す目的地は諦めざるを得なかった。
そんなこともあって、あっちに行ったりこっちに行ったりと、場所を移しながらの穴場探しの、約1年1ヶ月ぶりの釣行となった。

今回の釣行も、膝の調子があまり良くないこともあって、私は撮影専属となり、竿ではなしにムービーカメラを手に取り、息子が尺イワナを釣り上げる瞬間を撮ろうと、注意深く液晶画面に目を凝らしたのだった。
釣果は、ゴールデンウィーク中としてはまずまず、約28cm程の岩魚を筆頭に6匹。何時ものように、欲はかくまいと息子を諭し、山や川の精霊に感謝と畏敬の念を持って一礼し、家路に着いたのだった。




 
 これより下は2013年以前の釣り日記
尺超え岩魚 2013年4月2日

毎度のことだが、春休みを利用して帰省した息子が、「おやじ、釣りっこさいくべ!」との誘いに、本人も決して嫌いではないので、未だ寒さの残る早春の渓谷に、しっかりと防寒対策を施した上で目的のポイントへと車を走らせた。昨日は晴れ間も広がり、比較的暖かな釣り日和であった。
昨年、一昨年と原発事故によるセシュウム拡散により、たとえ釣れたにせよ安心して食卓に上げれなくなってしまった。それ以来、釣行にはあまり気が乗らず、釣りに出る回数はめっきり減った。その為久方ぶりの渓流釣りはやはり良いものである。
釣れようが釣れまいが、そんなことは問題ではない。深山幽谷の鬱蒼とした樹海をぬい、そこによこたう渓流のせせらぎのみが耳奥に清らかに入り込む。
時折吹く風は多少冷たさを感じるが、それ以上に、清々しさと、清新さが心の隙間を埋めてくれる。
結局私は竿を振らず、撮影に終始することにしたが、それでも山や渓谷の澄み切った空気を目一杯堪能することができた。

釣果は、序盤中盤とも引きや当たりがこなかったようだ。
「どうする」と息子に尋ねると、「あともうちょっとやるべ」と何時もの返答が帰ってきた。勿論それは計算ずくであった。
当たりや引きのこない様子を見ていて、次なるポイントをある程度念頭に入れていた。
「わかった、じゃポイントを変えッペが」ともう少し上流部へと車を移動することにした。
「じゃ、このポイントが最後だぞ」「うん、わかった」
雪が残る雑木林を、足元に細心の注意を払いながら最終ポイントへと下りていった。

1投目、2投目、3投目と、やはり引きもなさそうであった。
今日はボウズに終わりそうだ、と思いながら雪景の残る辺りを見渡し、フォトジェニックを探しながらあちらこちらを眺めていると、息子の動きが急に忙しくなったのを感じた。何事かと思い、そのままカメラを向けると、8:2の先調子でしっかりとしたカーボンロッドが、今にも折れそうな勢いでしなっていた。
手に伝わる感触は相当なものだったに違いない。
慎重に岸に引き寄せ、水面を切り裂いて姿をみせた幽渓の岩魚は、優に一尺を超えていた。釣り上げられ、くねくねと身体をくねらせたその魚体に、早春の眩しい光が照らされ、銀色にキラキラと輝いていた。

その後も同じポイントで2匹。計3匹の良型の岩魚が釣れた。
「欲はかくまい」と息子を促し、何時もの如く、山や川に感謝の意を込めて一礼をし、帰路についた。
事務所に着くと直ぐさまスケールを持ち出し、大きさを測ってみた。最初に釣り上げた岩魚は尺超えの34p、2匹目が31p、最後に釣り上げた岩魚は26pと、皆良型の岩魚を釣り上げた当人は実に満足気であった。




                                             
  これより下は2012年以前の釣り日記
逃避的な自我の防衛策か? 2012年8月18日

「釣りとは逃避的な自我の防衛策である」とするモーリーン・ダウド女史の提言を全て受け入れるか否かは別として、「当たらずとも遠からず」の部分はけっしてないとは言い切れないが、その逃避的な自我の防衛策とやらに、今年2回目となる渓流釣りに行ってきた。
息子の帰省に合わせての釣行だが、学生にも係わらず帰省期間は一週間のみと非常に短い。その大半がお盆の期間であり、「殺生はするな」との先祖の教えにより釣行の期日は自ずと限られてくる。
結局は昨日の17日しかなかった。
天気予報は午後2時前後から雨の予想であったものの、当日は早朝から降ったり止んだりのぐずついた天気であった。

以前は、多少の雨は笹濁りとなり、捕食活動も活発となって比較的釣りには適していたように思うが、最近の気象状況はちょっと違う、いや、かなり違う。
スポット的な集中豪雨(ゲリラ豪雨)により、もし入渓した河川の上流部でそのゲリラ豪雨が発生した場合、急に水かさが上がり大変な状況になる。
ましてや、渓流の殆どはV字谷になっていて、急な増水は鉄砲水となって襲ってくるだろう。そうなると一巻の終わりである。

そんなこともあって、出発前に「雨天中止だぞ」と念を押していたのだが、「行くだけ行ってみようや」との息子の促しにより行くだけ行ってみることと相成った。
夜明け前の暗がりのなか、下流部では降ったり止んだりの天気だったが、次第に辺りは白み始め、目的地である磐井川水系の支流域上空の状況が掴めてきた。予想していたよりも遥かに落ち着いており、懸念していた雨雲の確認はなかった。

鬱蒼と茂る樹間を縫い、嘗て治山事業の工事の為に開かれたであろう道幅の狭い工事用道路が、背丈ほどに伸びた夏草の間に間に、人工的に敷かれた砂利と共に確認でき、それを頼りにゆっくりと車を走らせた。
途中何度か迷いはしたものの、無事に目的地であった渓谷の平場に辿り着くことができた。
時計を見ると5時半を既に周り、辺りはすっかり明るくなっており、上を見上げると所々青空が確認できた。
さっきまでの雨が嘘のようだ。
逸る心を鎮めながらも釣り支度をそそくさと済ませ、熊と出食わしても直ぐに臨戦態勢をとれる武装を施し、目的のポイントへと向かった。



   
2012年初の釣行「釣りっこさいぐべっ!」 2012年4月2日 

帰ってくるなり「釣りっこさいぐべっ!」と春休みに入った大学生の息子の一声に、禁漁期間や殺生を避けるべくお盆以外の帰省の時には、殆どつき合っていた渓流釣りに、気合を入れて臨むべき週初めの月曜日だというのに、昨日は釣行と相成った。
昨年は東日本大震災もあり、なかなかそんな気分にはなれなかったものの、1年が過ぎ、少しずつではあるが、嘗ての「その気」が芽生えてきているようだ。
「はてさて、何処に行こうか」と、何時もながらの行き先に迷う有様は何時ものことだが、雪がまだ深かろう奥羽山脈の筋を流れる絶景の渓は諦め、岩手県東半部の中心を南北に走る北上山地の雪解け水と、霊験あらたかな清く澄んだ湧水に源をもつ河川に入渓することに決め、一路ハンドルを東に切った。

久しぶりに東山町のバイパスを通り、日本百景の一つ「猊鼻渓」を右手に、約30分程北東へと車を走らせた。
4月に入ったとはいえまだ寒い。
魚たちの捕食活動はまだ活発ではないだろうと、遅めの出発だった。目的地に着いたのは既に10時近くになっていた。
雪は予想していたよりも少なめだった。
徐ろに釣りの準備に取り掛かった。

今日の釣りは息子のみ。私は終始撮影に徹することとなった。
ところが、釣っている様子をビデオに収めようと、ビデオカメラのスイッチを入れたところ何の反応も示さなかった。最近殆ど使用することはなかったものの、使い終わった後、必ずといっていいほど充電は欠かした事がなかったのだが、まさか電池切れになることはあるまいと高を括っていた。
結局は電池切れである事が後で判明した。
止む無く、動画は静止画兼用の一眼レフで撮るはめになったが、やはり動画を撮るならビデオカメラの方が数段良いと実感した。
やはり「餅屋は餅屋」である。

釣果はリリースサイズを除き24〜5センチのヤマメを筆頭に、岩魚数匹を加え十数本とまずまずの結果だった。
息子一人、ましてや真昼間の約4時間弱の釣行にしては「上出来だ」と、親馬鹿ながら褒めてやりたい。かなり腕を上げたようだ。
これならば仕事がなくとも、「釣り師」として十分にやっていけそうである?・・・

親馬鹿ついでに、
今月4月21日(土)、岩手県では初となる、オープンソースの最新情報を発信する展示・セミナーのイベント、「オープンソースカンファレンス2012Iwate」が一関市大手町の一関文化センター(小ホール・展示室)を会場に開催される。
その展示ブースの一角に、情報処理推進機構 2011年度未踏IT人材発掘・育成事業に採択され、研究開発に取り組んでいる息子らが、MIST32アーキテクチャのコンピュータを製作するプロジェクト、Open Design Computer Projectとして出展するとのこと。

興味のある方はどうぞ!  詳しくはこちらをご覧下さい>>



 これより下は2011年以前の釣り日記 
今年2度目の釣行であり最後の釣行 2011年9月7日

連日、自由な時間をとる事が出来なかったここ最近、久方ぶりに自由な時間をとることができた。
3月11日の東日本大震災からなかなか足が向かなかった渓流釣りに、今年2度目の、そして名残惜しいが今年最後の釣行のつもりで入渓する事になった。
台風一過か、岩手県南は秋晴れとなり、時折吹く風は実に爽やかだった。
野球で言えば「バット収め」、書道で言えば「筆収め」、釣りは勿論「竿収め」ということになる(決して変な意味ではない)。
今年は少しばかり早い竿収めとなる。
10月1日から禁漁期間に入るが、それを考慮して予定を立てようとしても、平日は勿論だが土日や祝日もかなり厳しそうだ。

今日の釣行は午前9時頃から12時迄の約3時間、真昼間とあって当然釣果など期待すべくもなかった。
ただただ、川のせせらぎの音を聞き、小鳥や虫の合唱を耳にする。深山幽谷の、鬱蒼とした木々に囲まれながら、下界から隔絶された空間の中を彷徨う。それだけで私は満足だった。
樹間をぬい、時折吹く爽やかな風は、秋の訪れを告げるものであった。
それでも、川の精霊は私を見捨てなかったようだ。「また、遊びにおいで」と言ってるかのように。
最後の最後に、尺超えの1本を与えてくれた。何時ものように感謝の気持ちを込め、一礼をしてから渓を後にしたのだった。
 
 かなりの生命力  かなりの引きだった 尺超えの岩魚(35cm)  事務所にて記念撮影    フォト短歌「最後の釣行」
 
今年初めての釣行 2011年4月30日

3月11日に東北地方太平洋沖を震源とするマグニチュード9.0、嘗て経験した事のない大地震に見舞われ、特に沿岸部では津波による多くの犠牲者が出た。
また、我が家の母屋の一部、蔵などの漆喰、門などにはかなりの被害を被った。
また、震災により多くの犠牲者や被災された避難者の方々の心情を察するに、自重、自粛すべきと考えていたこともあった。
その影響もあり、なかなか釣りに行く気力が湧いてこなかったのだが、5月の連休を利用して息子が帰ってくるなり、「オヤジ釣りいくべ!」と例の調子でせき立てられた。

今年は、前出の理由からどうも気乗りしなかった釣りや山菜とりだが、息子の誘いとあっては無碍に断る訳にもいかない。
ましてや、自重、自粛すべきと考え過ぎても、逆に、被災者の方々に対して、「元気を出して」と励ます我々が、元気がなくなるようでは励ます事すらも出来なくなる。
そんな事がふと脳裏を過り、「ほんじゃ、いくべ」との結論に至ったのである。
決断すれば早い。後は鈍牛の如く、ひたすら渓に入るばかりである。
形はいまいちではあったが、午前中のみの釣行で、しかも前日入渓した形跡があるにも係わらず10匹の釣果はまずまずの結果だった。
何時ものように、山の神、川の神に対して感謝と畏敬の念を持ち、頭を下げ一礼をしてから家路に着いたのだった。

動画を見る>>

 
 
 

 これより下は2010年の釣り日記
今年3度目の釣行 2010年5月27日(木)

ここ何日か長雨が続いていた。
水量も増し、尺越えの大物も上流へと遡上している筈である。
今日は木曜日、平日でもあり、しかもウィークデーに入渓したであろう日にちより、時間にして100時間は経っている筈。したがって場荒れはしていない筈である。
ましてや、ここ数日の雨続きで水量も増している。おまけに天候は曇りとあれば、「御誂え向きの釣り日和」と言っても差し支えない。
釣果も期待できよう。

勿論、朝一の朝まず目が間違いないのだが、如何せん事務所を開けなければならない。
ましてや、朝一には田圃周りの草刈が待っていて、一日いっぱい自由になる時間など、どこにも無いのである。
そんな事情もある中で、この機会を逃してしまっては後悔しそうだと、昨日から、心は既に深山幽谷の中にあった。
ただ、長雨が続いた所為か気温が低い。3月下旬並みの気温だそうだ。それなりの格好で、寒さ対策も考慮しながら準備に取り掛かった。

季節や、笹にごりの好条件の割には、低温の所為か、魚の動きも若干鈍いようだった。
尺越えを密かに夢見ていたのだが、結局、好感触は得られなかった。

それよりも、最近つくづく俊敏性や柔軟性の衰えを感じてならない。前回の釣行でもあったのだが、ついバランスを崩して転んでしまうのである。
今回は、前回の失敗を十分に考慮したつもりで、慎重に釣り上る筈だったのだが、判断ミスもあってか、大岩のちょっとした窪みに生えていた小木を掴んで、その大岩を旋回しようとしたところ、突然根っこから抜けてしまい、背中からもんどり打ってしまったのだった。

コンパクトデジカメを胸ポケットに入れている為、先ずそれを濡らさないようにと気を遣う。いくら鍛えているからといって、堅い岩の上では「受身」もきつい。勿論、頭を打っては一巻の終わりだ。
結局、背中から倒れるしかないのだが、幸いにも真っ赤なリュックがクッションとなって無事難を逃れてくれたのだった。本当に有り難い。

以前は、こんな判断ミスもなかったのだが、たとえあったとしても、咄嗟の判断と運動神経で、もんどり打つなんてことは無かった筈である。やはり歳なのだろうか。
何より、その事が一番悔しい今日の一人釣行であった。

今年に入って2回目の釣行  2010年5月3日(月)

ゴールデンウィークに入り、兼業農家は田んぼ仕事が忙しい。
肥料ふりや田かき(この辺では田ぶちともいう)、水が溜まり次第今度は荒かき。その後に代掻きをやっていよいよ田植えとなる。そんな工程が待っているので、ゴールデンウィークは農家にとってゴールデンでもスペシャルでもないのである。
ある意味、じっくり農作業が出来るのでゴールドなのかも知れないが。・・・

そんな中、息子から突然の電話がかかってきた。「これから帰るから釣りいくべ」と・・・。
世間は長期連休でバカンスを謳歌している。農作業ばかりではつまらない。そんなこともあって「よしいくべ」と、二つ返事で承諾をした。

はてさて、何時ものことだが、行き場所に迷う。どうせ行くんだったら釣れる場所の方がいい。
ただ、ゴールデンウィークの真っ只中である。おそらく何処に行っても場が荒れているだろうし、よほど朝早く行かないと先行者もいるだろう。
「あまり期待は出来ないぞ」と、移動の最中に話したものの、それは息子も当に察していたようだった。
奥羽山系の河川にと思っていたのだが、息子の意向を汲んで北上山地の支流に入ることになり、一路東へと向かった。

目的地は砂鉄川の支流。私が、若い当時一番遊んだ川でもある。
先行者が居ないか、確認する為に上流まで車を走らせたが、案の定、数人入っているのが確認できた。
この調子では、「何処行っても同じ」だと息子を諭し、この支流で竿を振ることに決めた。

私は、前日のトラクターのロータリー交換の際、不覚にも、不注意によって右膝の上部をしこたま強打してしまい、無念の見学となった。
今回は息子一人の入渓となったが、新緑が揃い始め、鬱蒼とした木々の合い間から時折聞こえてくるウグイスの鳴き声や、岩肌を滑らかに流れる瀬音を聞いているだけでも幸せであると感じる。農作業に疲れた身体を癒す上でも、心地よい、しかも活力の充電の場でもある。

結局5匹と、息子一人の釣果ではあったが、先行者や連日の入渓者によって場が荒らされていた割には、まずまずの釣果であったのではないだろうか。何時ものことだが、山や川の精霊に対して感謝の念を込め、一礼を交わし帰路についたのだった。

今年に入って初めての釣行  2010年3月29日(月)

昨年初回の釣りは3月8日だったので、それより20日ほど遅い釣行となった。今年は何時もより寒さも厳しく感じられる。内心あまり乗り気ではなかったのだが、春休みのため、息子が帰省し「どうしても釣りに行きたい」と言うので、それに付き合うことになったのだった。
4月に入れば寒さもだいぶ和らぐのだが、一関には約1週間ほどの滞在である。二日後には大学に戻るという。通常ならば早朝4時ぐらいに起床して5時頃から釣り始めるのだが、如何せん未だ寒さも厳しい。
釣り始めたのは9時頃だった。昨夜、今年1回目の釣り場を何処にしようかと迷ったのだが、昨年締めの釣り場となり、尺越えのイワナを寸でのところで獲り逃したポイントに行ってみることに決めた。つい3・4日前の降雪で雪もだいぶ残っていた。入念に足場を固めながら進むよう促しながらの入渓である。
昨日は日曜日、当然入渓した跡も残っているのではと思っていたのだが、その足跡すらなかった。何分にも未だ雪が深い。
もし、前日に入渓者がいたり、先行者が居れば当然場が荒れている。それが落ち着くまでだいたい2・3日はかかるのである。

期待は膨らんだ。先行者も居ない、場が荒らされた形跡もない。
第1投目を投じた。
静寂の中、緩やかな川の流れの音のみが心地よい音色となって伝わってくる。両の眼の焦点は目印に釘付けとなり、それ以外の感覚といえば、右手の指先、特に人差指ぐらいだろうか。ヒットした時の「コツコツコツ、グググッと」伝わってくる感覚に対して、俊敏に合わせるためでもある。
1投目、2投目、3投目と何の感触もなかった。私は、余程のポイントでない限り同じポイントは狙わないことにしている。3投目以内に当たりがない場合は次のポイントを狙う。今の季節の狙いどころは、深みが狙い目である。深みがあってそこに大きな岩があればその奥にイワナがじっと身を隠している筈である。
渓流の釣りは攻めの釣りでもある。海や湖沼の「待ちの釣り」とは一線を画している。同じポイントに3投ほど流して当たりが無い場合は、どんどん上流へと釣り進んで行くのがセオリーである。決して飽きることはない。従って、時間の経つのは実に早いのである。
たまには、陽だまりの中、釣り糸を垂らしながらのんびりしたいとも考えることもあるのだが、面白さという点では渓流釣りに敵うものはないと思っている。
もっとも、一度もトローリングの経験がないので、そう言い切っているのだが、もしカジキマグロなどの大物を一度味わってしまえば、その考えも露と消えるのではないだろうか。

期待とは裏腹に、一向に当たりがない。
そういえば、昨年初回の釣りもそうであった。やはり5月から6月が一番釣りには適している季節といえる。
どんどん上流に進んで行ったのだが、引きすらもなかったのである。上へ行けば行くほど雪の量も多くなり、岩肌も所々凍っていて「危険だ」と感じる所が多くなった。
息子に、「危険なのでこの辺で戻ろうか」と促したところ、「あと10分ぐらいやってみようや」というので、あと2・3箇所のポイントを攻めて戻ることになった。嘗て幾度と無く経験していたことだが、丁度諦めかけたその瞬間に天使が微笑むのである。
山や川の精霊が、「お前達よく遊びに来てくれたね」と、ご褒美をくれるかのように。

結局、直ぐ上のポイントで2匹続けて良形のイワナがヒットしたのである。これからが本番と思ったのだが、帰りのこともあり帰路につくことになった。
次回の帰省にその楽しみを残すことにした。
畏敬の念を持って、山と川に心からの感謝を持ち帰路に着いたのだった。

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