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2012年初の釣行「釣りっこさいぐべっ!」 2012年4月2日 
帰ってくるなり「釣りっこさいぐべっ!」と春休みに入った大学生の息子の一声に、禁漁期間や殺生を避けるべくお盆以外の帰省の時には、殆どつき合っていた渓流釣りに、気合を入れて臨むべき週初めの月曜日だというのに、昨日は釣行と相成った。
昨年は東日本大震災もあり、なかなかそんな気分にはなれなかったものの、1年が過ぎ、少しずつではあるが、嘗ての「その気」が芽生えてきているようだ。
「はてさて、何処に行こうか」と、何時もながらの行き先に迷う有様は何時ものことだが、雪がまだ深かろう奥羽山脈の筋を流れる絶景の渓は諦め、岩手県東半部の中心を南北に走る北上山地の雪解け水と、霊験あらたかな清く澄んだ湧水に源をもつ河川に入渓することに決め、一路ハンドルを東に切った。
久しぶりに東山町のバイパスを通り、日本百景の一つ「猊鼻渓」を右手に、約30分程北東へと車を走らせた。
4月に入ったとはいえまだ寒い。
魚たちの捕食活動はまだ活発ではないだろうと、遅めの出発だった。目的地に着いたのは既に10時近くになっていた。
雪は予想していたよりも少なめだった。
徐ろに釣りの準備に取り掛かった。
今日の釣りは息子のみ。私は終始撮影に徹することとなった。
ところが、釣っている様子をビデオに収めようと、ビデオカメラのスイッチを入れたところ何の反応も示さなかった。最近殆ど使用することはなかったものの、使い終わった後、必ずといっていいほど充電は欠かした事がなかったのだが、まさか電池切れになることはあるまいと高を括っていた。
結局は電池切れである事が後で判明した。
止む無く、動画は静止画兼用の一眼レフで撮るはめになったが、やはり動画を撮るならビデオカメラの方が数段良いと実感した。
やはり「餅屋は餅屋」である。
釣果はリリースサイズを除き24〜5センチのヤマメを筆頭に、岩魚数匹を加え十数本とまずまずの結果だった。
息子一人、ましてや真昼間の約4時間弱の釣行にしては「上出来だ」と、親馬鹿ながら褒めてやりたい。かなり腕を上げたようだ。
これならば仕事がなくとも、「釣り師」として十分にやっていけそうである?・・・
親馬鹿ついでに、
今月4月21日(土)、岩手県では初となる、オープンソースの最新情報を発信する展示・セミナーのイベント、「オープンソースカンファレンス2012Iwate」が一関市大手町の一関文化センター(小ホール・展示室)を会場に開催される。
その展示ブースの一角に、情報処理推進機構 2011年度未踏IT人材発掘・育成事業に採択され、研究開発に取り組んでいる息子らが、MIST32アーキテクチャのコンピュータを製作するプロジェクト、Open Design Computer Projectとして出展するとのこと。
興味のある方はどうぞ! 詳しくはこちらをご覧下さい>>
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| これより下は2011年の釣り日記 |
今年2度目の釣行であり最後の釣行 2011年9月7日
連日、自由な時間をとる事が出来なかったここ最近、久方ぶりに自由な時間をとることができた。
3月11日の東日本大震災からなかなか足が向かなかった渓流釣りに、今年2度目の、そして名残惜しいが今年最後の釣行のつもりで入渓する事になった。
台風一過か、岩手県南は秋晴れとなり、時折吹く風は実に爽やかだった。
野球で言えば「バット収め」、書道で言えば「筆収め」、釣りは勿論「竿収め」ということになる(決して変な意味ではない)。
今年は少しばかり早い竿収めとなる。
10月1日から禁漁期間に入るが、それを考慮して予定を立てようとしても、平日は勿論だが土日や祝日もかなり厳しそうだ。
今日の釣行は午前9時頃から12時迄の約3時間、真昼間とあって当然釣果など期待すべくもなかった。
ただただ、川のせせらぎの音を聞き、小鳥や虫の合唱を耳にする。深山幽谷の、鬱蒼とした木々に囲まれながら、下界から隔絶された空間の中を彷徨う。それだけで私は満足だった。
樹間をぬい、時折吹く爽やかな風は、秋の訪れを告げるものであった。
それでも、川の精霊は私を見捨てなかったようだ。「また、遊びにおいで」と言ってるかのように。
最後の最後に、尺超えの1本を与えてくれた。何時ものように感謝の気持ちを込め、一礼をしてから渓を後にしたのだった。
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| かなりの生命力 |
かなりの引きだった |
尺超えの岩魚(35cm) |
事務所にて記念撮影 |
フォト短歌「最後の釣行」 |
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今年初めての釣行 2011年4月30日
3月11日に東北地方太平洋沖を震源とするマグニチュード9.0、嘗て経験した事のない大地震に見舞われ、特に沿岸部では津波による多くの犠牲者が出た。
また、我が家の母屋の一部、蔵などの漆喰、門などにはかなりの被害を被った。
また、震災により多くの犠牲者や被災された避難者の方々の心情を察するに、自重、自粛すべきと考えていたこともあった。
その影響もあり、なかなか釣りに行く気力が湧いてこなかったのだが、5月の連休を利用して息子が帰ってくるなり、「オヤジ釣りいくべ!」と例の調子でせき立てられた。
今年は、前出の理由からどうも気乗りしなかった釣りや山菜とりだが、息子の誘いとあっては無碍に断る訳にもいかない。
ましてや、自重、自粛すべきと考え過ぎても、逆に、被災者の方々に対して、「元気を出して」と励ます我々が、元気がなくなるようでは励ます事すらも出来なくなる。
そんな事がふと脳裏を過り、「ほんじゃ、いくべ」との結論に至ったのである。
決断すれば早い。後は鈍牛の如く、ひたすら渓に入るばかりである。
形はいまいちではあったが、午前中のみの釣行で、しかも前日入渓した形跡があるにも係わらず10匹の釣果はまずまずの結果だった。
何時ものように、山の神、川の神に対して感謝と畏敬の念を持ち、頭を下げ一礼をしてから家路に着いたのだった。
動画を見る>>
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| これより下は2010年釣り日記 |
今年3度目の釣行 2010年5月27日(木)
ここ何日か長雨が続いていた。
水量も増し、尺越えの大物も上流へと遡上している筈である。
今日は木曜日、平日でもあり、しかもウィークデーに入渓したであろう日にちより、時間にして100時間は経っている筈。したがって場荒れはしていない筈である。
ましてや、ここ数日の雨続きで水量も増している。おまけに天候は曇りとあれば、「御誂え向きの釣り日和」と言っても差し支えない。
釣果も期待できよう。
勿論、朝一の朝まず目が間違いないのだが、如何せん事務所を開けなければならない。
ましてや、朝一には田圃周りの草刈が待っていて、一日いっぱい自由になる時間など、どこにも無いのである。
そんな事情もある中で、この機会を逃してしまっては後悔しそうだと、昨日から、心は既に深山幽谷の中にあった。
ただ、長雨が続いた所為か気温が低い。3月下旬並みの気温だそうだ。それなりの格好で、寒さ対策も考慮しながら準備に取り掛かった。
季節や、笹にごりの好条件の割には、低温の所為か、魚の動きも若干鈍いようだった。
尺越えを密かに夢見ていたのだが、結局、好感触は得られなかった。
それよりも、最近つくづく俊敏性や柔軟性の衰えを感じてならない。前回の釣行でもあったのだが、ついバランスを崩して転んでしまうのである。
今回は、前回の失敗を十分に考慮したつもりで、慎重に釣り上る筈だったのだが、判断ミスもあってか、大岩のちょっとした窪みに生えていた小木を掴んで、その大岩を旋回しようとしたところ、突然根っこから抜けてしまい、背中からもんどり打ってしまったのだった。
コンパクトデジカメを胸ポケットに入れている為、先ずそれを濡らさないようにと気を遣う。いくら鍛えているからといって、堅い岩の上では「受身」もきつい。勿論、頭を打っては一巻の終わりだ。
結局、背中から倒れるしかないのだが、幸いにも真っ赤なリュックがクッションとなって無事難を逃れてくれたのだった。本当に有り難い。
以前は、こんな判断ミスもなかったのだが、たとえあったとしても、咄嗟の判断と運動神経で、もんどり打つなんてことは無かった筈である。やはり歳なのだろうか。
何より、その事が一番悔しい今日の一人釣行であった。
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今年に入って2回目の釣行 2010年5月3日(月)
ゴールデンウィークに入り、兼業農家は田んぼ仕事が忙しい。
肥料ふりや田かき(この辺では田ぶちともいう)、水が溜まり次第今度は荒かき。その後に代掻きをやっていよいよ田植えとなる。そんな工程が待っているので、ゴールデンウィークは農家にとってゴールデンでもスペシャルでもないのである。
ある意味、じっくり農作業が出来るのでゴールドなのかも知れないが。・・・
そんな中、息子から突然の電話がかかってきた。「これから帰るから釣りいくべ」と・・・。
世間は長期連休でバカンスを謳歌している。農作業ばかりではつまらない。そんなこともあって「よしいくべ」と、二つ返事で承諾をした。
はてさて、何時ものことだが、行き場所に迷う。どうせ行くんだったら釣れる場所の方がいい。
ただ、ゴールデンウィークの真っ只中である。おそらく何処に行っても場が荒れているだろうし、よほど朝早く行かないと先行者もいるだろう。
「あまり期待は出来ないぞ」と、移動の最中に話したものの、それは息子も当に察していたようだった。
奥羽山系の河川にと思っていたのだが、息子の意向を汲んで北上山地の支流に入ることになり、一路東へと向かった。
目的地は砂鉄川の支流。私が、若い当時一番遊んだ川でもある。
先行者が居ないか、確認する為に上流まで車を走らせたが、案の定、数人入っているのが確認できた。
この調子では、「何処行っても同じ」だと息子を諭し、この支流で竿を振ることに決めた。
私は、前日のトラクターのロータリー交換の際、不覚にも、不注意によって右膝の上部をしこたま強打してしまい、無念の見学となった。
今回は息子一人の入渓となったが、新緑が揃い始め、鬱蒼とした木々の合い間から時折聞こえてくるウグイスの鳴き声や、岩肌を滑らかに流れる瀬音を聞いているだけでも幸せであると感じる。農作業に疲れた身体を癒す上でも、心地よい、しかも活力の充電の場でもある。
結局5匹と、息子一人の釣果ではあったが、先行者や連日の入渓者によって場が荒らされていた割には、まずまずの釣果であったのではないだろうか。何時ものことだが、山や川の精霊に対して感謝の念を込め、一礼を交わし帰路についたのだった。
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今年に入って初めての釣行 2010年3月29日(月)
昨年初回の釣りは3月8日だったので、それより20日ほど遅い釣行となった。今年は何時もより寒さも厳しく感じられる。内心あまり乗り気ではなかったのだが、春休みのため、息子が帰省し「どうしても釣りに行きたい」と言うので、それに付き合うことになったのだった。
4月に入れば寒さもだいぶ和らぐのだが、一関には約1週間ほどの滞在である。二日後には大学に戻るという。通常ならば早朝4時ぐらいに起床して5時頃から釣り始めるのだが、如何せん未だ寒さも厳しい。
釣り始めたのは9時頃だった。昨夜、今年1回目の釣り場を何処にしようかと迷ったのだが、昨年締めの釣り場となり、尺越えのイワナを寸でのところで獲り逃したポイントに行ってみることに決めた。つい3・4日前の降雪で雪もだいぶ残っていた。入念に足場を固めながら進むよう促しながらの入渓である。
昨日は日曜日、当然入渓した跡も残っているのではと思っていたのだが、その足跡すらなかった。何分にも未だ雪が深い。
もし、前日に入渓者がいたり、先行者が居れば当然場が荒れている。それが落ち着くまでだいたい2・3日はかかるのである。
期待は膨らんだ。先行者も居ない、場が荒らされた形跡もない。
第1投目を投じた。
静寂の中、緩やかな川の流れの音のみが心地よい音色となって伝わってくる。両の眼の焦点は目印に釘付けとなり、それ以外の感覚といえば、右手の指先、特に人差指ぐらいだろうか。ヒットした時の「コツコツコツ、グググッと」伝わってくる感覚に対して、俊敏に合わせるためでもある。
1投目、2投目、3投目と何の感触もなかった。私は、余程のポイントでない限り同じポイントは狙わないことにしている。3投目以内に当たりがない場合は次のポイントを狙う。今の季節の狙いどころは、深みが狙い目である。深みがあってそこに大きな岩があればその奥にイワナがじっと身を隠している筈である。
渓流の釣りは攻めの釣りでもある。海や湖沼の「待ちの釣り」とは一線を画している。同じポイントに3投ほど流して当たりが無い場合は、どんどん上流へと釣り進んで行くのがセオリーである。決して飽きることはない。従って、時間の経つのは実に早いのである。
たまには、陽だまりの中、釣り糸を垂らしながらのんびりしたいとも考えることもあるのだが、面白さという点では渓流釣りに敵うものはないと思っている。
もっとも、一度もトローリングの経験がないので、そう言い切っているのだが、もしカジキマグロなどの大物を一度味わってしまえば、その考えも露と消えるのではないだろうか。
期待とは裏腹に、一向に当たりがない。
そういえば、昨年初回の釣りもそうであった。やはり5月から6月が一番釣りには適している季節といえる。
どんどん上流に進んで行ったのだが、引きすらもなかったのである。上へ行けば行くほど雪の量も多くなり、岩肌も所々凍っていて「危険だ」と感じる所が多くなった。
息子に、「危険なのでこの辺で戻ろうか」と促したところ、「あと10分ぐらいやってみようや」というので、あと2・3箇所のポイントを攻めて戻ることになった。嘗て幾度と無く経験していたことだが、丁度諦めかけたその瞬間に天使が微笑むのである。
山や川の精霊が、「お前達よく遊びに来てくれたね」と、ご褒美をくれるかのように。
結局、直ぐ上のポイントで2匹続けて良形のイワナがヒットしたのである。これからが本番と思ったのだが、帰りのこともあり帰路につくことになった。
次回の帰省にその楽しみを残すことにした。
畏敬の念を持って、山と川に心からの感謝を持ち帰路に着いたのだった。
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